耐震工学研究会発足式挨拶(要旨)
1999年9月20日
都ホテル東京にて
高山峯夫氏
僭越ですが、会を代表してご挨拶をさせていただきます。本日はご多忙中にもかかわらず、多数ご出席いただきまして、誠にありがとうございます。まず最初に、この会の発足の経緯について簡単にご紹介させて頂きたいと思います。
免震構造の設計、免震部材の問題など、免震を取り巻く環境について多田先生とお話をしていると、設計者の責任についての話、動的解析法は今のままで良いのか、優れた耐震システムとはどういうものなのかといった話など、さまざまな話題が出ます。こういうことを広く議論する場が無い、あるとしてもはなはだ少ないのではないか、耐震工学について自由に議論する場を提供することができれば少しなりとも設計の力になれるかもしれない、研究会なり協会などが作れないものか、という話が話題に上るようになりました。
協会というのは少し堅苦しいイメージがあります。あまり組織だったものにすると運営面が大変になるので、あまりお金をかけず、あまり組織を固めずに、できるだけフランクに本音が語れるようなサロン的な会をやっていこうではないか、という話に行き着きました。じゃあ君たちやらんか、という多田先生の一言で、私と大日本土木の跡部さんの二人で代表を務めさせて頂くことで、この様な会を発足させることになりました。
会は特別会員と登録会員で組織します。特別会員の先生方には講演会、研究会でいろいろな話題、情報を提供して頂き、登録会員の方には会に進んで参加して頂く。率直な意見交換、さまざまな問題についての自由な議論ができればと考えています。毎月、研究会を開催する予定ですので、お時間の許す限り会にご参加下されば幸いです。
話は変わりますが、今、ある本を読んでおります。タイトルは「マクドナルド化する社会」。ファーストフードのチェーン店であるマクドナルドのシステムを社会が後を追うように導入していっているのではないか、ということが書いてあります。マクドナルド化というのは「効率性」と「計算可能性」と「予測可能性」、そして「人間に拠らない技術体系への移行」と定義されています。社会は効率性、合理性を目指すように動くだろうということを書いた本です。おそらく設計という行為も経済活動ですから、マクドナルド化まではいかなくても、そういうことが起こりつつあるのではないか。設計もまた、ひたすら効率性を追求するマクドナルド化の道を辿るのかどうか、この本を読んで考えさせられました。この研究会では、設計の本質に触れるようなテーマも進んで取り上げていければと考えています。いずれにしましても、会員の皆様のご協力とご鞭撻を頂きまして、会をできるだけ発展させていきたいと考えておりますので、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。
辻 英一氏
耐震工学研究会の発足、おめでとうございます。
振り返れば、私が昭和40年に大阪市立大学工学部を卒業した当時は、耐震設計はまだ震度法の時代でした。恩師の大阪市大名誉教授の日置興一郎先生から震度法というのは、言い方を変えれば、建物を11.3゜静かに傾けて、元に戻し、何か重大な障害が起こっているかどうかを調べるものと考えてもよい(tan11.3゜=0.2)、講義でも震度法というのは適用範囲の広い、非常にうまいやり方だ、と話されました。言うなれば啓蒙期の設計者にとって、地震の被害を減らすための便法−多田先生は、みなしと言われるでしょうが−として、うまいやり方でした。そして、コンピュータが普及し、昭和56年に新耐震設計法が出てくる。ところが、新耐震設計法になって、「ブラックボックス」という大きな問題が生じました。学会では、蛸壺的な研究といいますか、耐震設計に関わる研究が非常に狭く深く入っていくようになりました。
コンピュータの普及には功罪両面があるでしょう。しかし、現在、日本の構造設計界は思考停止の状態に陥っています。今後、勉強会でもお話ししたいのですが、コンピュータによる計算結果のばらつきたるや、すごいものがある。大手ゼネコンや、組織建築事務所にも同じ建物モデルで同じ問題について計算してもらったら、ものすごいばらつきがでました。そういうことについて、あまり考えなくなっていますし、適用範囲、現象、理論、モデル化について、あまり考えることがなくなっています。やはり、考えて設計できるような、木を見て森を見ずというのではなく、森をきちっと見られるような耐震設計手法が出てきて欲しいと思います。
日置先生は適用範囲が広いこと、手間がかからないこと、わかりやすいことがよい設計法だと言われました。この3条件を満たす設計法が出てくれば、有能な構造設計者が独立して構造事務所を開けるようになれるのではないか。そういう世の中になって欲しいと思います。この会が「算数」の問題に留まるのではなく、行政機構の問題、法規制の問題、建築主と構造設計家間の問題、いわゆる「社会科」の問題についても避けて通らずに、きちっと議論できる場となることを強く期待しております。
私自身、大阪で「関西建築コンピュータ懇談会」なる勉強会を181回やっていますが、勉強会を永続きさせる唯一のこつは、楽しくやることでして、この会も楽しく、リラックスしてやって頂きたいと思います。
秋山 宏氏
耐震について自由にディスカッションできるような場がこの頃無いな、と思っていた矢先に、高山先生から会の発足についてのご案内を頂きました。非常に素晴らしい機会だと思い、参加させて頂くことにしました。
枠にはまらないことが非常に大事なことだと思います。免震構造が日本で成熟していく過程の中で、既存の枠を破るというところに一番の面白さがあるのではないかと思います。これから免震を含めた耐震工学が発展していけば大変楽しいことになる、と思っている次第です。この会の自由な発展を心から期待しております。
多田英之氏
免震の研究開発を始めてから20年以上が経ちました。技術研究の多くは、完成まで10年位のものです。どうして20年もかかったんだろう、と考えてもみましたが、世の中に広めようという仕事は予想以上に難しかった。理論だけではしょうがない。本当に地震が来ても安全なからくりに仕上げないといけない。そのためには、免震部材をきちんと作ってもらう必要がある。そして安くないといけない。日本は耐震設計をしなくてはいけない不自由な国です。免震は耐震よりも安くつく、という方針でやっていけば絶対に普及すると思っていたら、強い反発を受けました。表面的な反発ではなくて、裏側での反発です。特に高値安定を望む大手の建設会社は免震は性能が高いのだから少しくらい性能代をもらってもいい、と考えています。それは間違いです。もし性能代をもらっていいとすれば、それは設計者とメーカーです。設計者が付加価値を無償で社会還元しているのが建築の社会です。
法律、法の権力で技術の内容を拘束してはならない、学問研究を法律とその手続きで縛ってはいけない、といのが私の考えです。世の中はどんどん手続き主義、組織主義になっていくので悲観的にならざるを得ないのですが、どっこいエンジニアは生きてるぜ、ということを示したい。かつて糸川英男さんが昭和45年に組織工学研究会という研究会を作りました。私も10年ほど参加しましたが、その会では組織とはいかなるものであるか、組織の長はどの様にあるべきかを、アメリカででたシステムエンジニアリングの本の読書会を通して議論しました。梅村先生は東大を退官された時に、既成に捕らわれない議論をしようとして、新屋敷というサロンを作りました。
この会を技術的あるいは学問的欲求不満を解消するサロンにしたい、というのが私の夢です。欲求不満の結果を社会的に公表し、誰からの規制も受け入れないサロンにしたいと考えています。どのくらいの人が参加してくれるのだろうかという不安はありましたが、幸い秋山先生をはじめ多くの方からの賛同を受けることができ、発足に至りました。今後ともご協力の程よろしくお願いいたします。
以上
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