第22回耐震工学研究会 
(平成13年12月19日,新日本製鉄(株)研修センター 代々木倶楽部,参加人数:47名)

小谷俊介先生(東京大学)
最近の建築構造設計の話題
              ・新しい建築基準法施行令にある限界耐力計算の理論的背景と問題点
              ・施行令改正に伴う超高層建築物の設計の現状」
研究会での講演をお願いしたのが1ヶ月前にもかかわらず快くお引き受けいただきありがとうございました。テーマは、「最近の建築構造設計の話題」として、限界耐力計算法の理論的背景と超高層建築物の設計の現状などについて講演いただきました。以下、簡単に講演の大要を掲載します。

■概要■
平成12年に住宅の品質確保の促進等に関する法律(いわゆる品確法)が施行された。住宅などの性能表示を目指した法律であるが、性能評価の実施状況は少ないのが現状である。性能表示に伴い地震保険料の割引なども平成13年10月から実施されている。しかし、既存住宅の性能評価は住宅ストックの形成と有効な活用システムの構築に際しては非常に重要である。特に中古住宅の耐震性能の評価は中古住宅の流通を促進する上では重要である。平成13年2月には既存住宅の耐震性能評価指針の原案が国土交通省から出された。ただ、耐震改修を行うためにはそれなりの費用が発生するため、改修をすることで住宅の価値があがるなどの動機付けが必要である。本質的な問題として、日本の住宅の造り方に問題がある。日本では築30年で住宅の価値はなくなるような低品質の住宅を提供している。

平成12年6月 建築基準法施行令の改正が施行された。従来の仕様規定から性能を評価する方向への転換である。特に、耐火・防火の面での改正が大きい。構造の分野では、限界耐力計算が地震力に対する限界性能を評価する方法として提案された。従来の許容応力度設計は大地震に対する安全性をチェックする手法であったが、損傷防止の設計手法として位置づけられた。限界耐力計算の問題点は、計算内容が難しい、行政庁が確認業務に対応できない点であろう。2番目の問題点は公的に認められた計算プログラムの登場に期待している状況のようだ。

限界耐力計算のベースは、耐力スペクトルと要求スペクトルで説明され、1978年のアメリカNCEE(National Conference on Earthquake Engineering)で論文が発表されている。



各層の応答変形は次式で求められる。

ここで、 は最上階を1.0に規準化したモード形、 は1次の刺激係数、 は変位応答スペクトルである。
最上階の変形は となる。
一方、各層に作用する水平力は

ここで、 は質量マトリックス、 は加速度応答スペクトルである。
最下層の水平力(ベースシア)は、

ここで、 は単位ベクトル、 で1次の有効質量である。
以上より、逆に加速度応答スペクトルと変位応答スペクトルが次のように求められる。


なお、刺激係数は と表せる。



これは非常に乱暴な仮定である。ただ、こうすると - 関係(要求スペクトル)の中にベースシア係数と最上階変位の関係(耐力スペクトル)をプロットすることができることになる。
要求スペクトルを建物の減衰性能に基づいて低減するようになっっている。減衰による吸収エネルギーは、から、 として算出される。しかし、これは定常振動、共振状態、粘性減衰と履歴吸収エネルギーが等しいという仮定の基に成立する。実際にはこれに何らかの係数をかけるなどで運用されている。

耐震性能判定では損傷限界と安全限界に対して要求スペクトルと耐力スペクトルの関係から判断することになる。このように弾性スペクトルを等価減衰の大きさに基づいて低減する手法が限界耐力計算であるが、弾塑性応答スペクトルを直接利用する計算手法もある。世界的には後者の方が主流になりつつある。
限界耐力計算の適用範囲としては、並進変形モードが卓越する建築物の構造性能の検証に適用する。並進変形モードの卓越性については等価質量の総質量に対する割合を目安とする。大スパン架構のように鉛直振動モードが卓越する場合、あるいは捩れ振動モードが卓越する場合には適用できない。また、崩壊機構が明確であることが必要。高次モードの影響により崩壊機構が変化する構造物には適用できない。構造物の水平抵抗が除々に低下する構造物のように安定した応答性状を示さない構造物には適用できない。



次に超高層建物の設計の現状について。
超高層建物の設計荷重は
  ・鉛直荷重−許容応力度設計
  ・積雪荷重−50年再現期待値→許容応力度設計
        500年再現期待値(約1.4倍)
  ・風圧力−50年再現期待値、500年再現期待値
  ・地震力−上下動、2方向入力、位相差入力、P-Δ効果の問題
などである。地震動のスペクトルに関しては、通常の建築物と同じスペクトルを用いる。この点に関しては重要度を考えより大きな入力を考えるべきとの意見もあるが、国は建物高さ59mと61mに有意な差はないとの考えのようだ。
応答解析に用いる告示波は、稀に発生するレベルと極めて稀に発生するレベルを想定するが、その差は5倍以上。レベル差が大きいため、従来の観測波を25kine、50kineに基準化した波の結果も参考としている。特に、25kine入力に対する応答を重要視している。
上下動入力の影響については、質点系モデルの弾性応答を用いて、水平方向の応答との自乗和平方などで算出することが多い。直交方向の入力に対しては45°方向入力で隅柱の軸力をチェックしている。位相差入力についてはち長大な建物の捩れ振動などが問題となる。

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世界貿易センタービルの攻撃と崩壊について。
攻撃から1時間以上経過して崩壊した。衝突が直接の原因ではなく火災の影響と思われる。
避難階段の問題。火災時には上下階への移動しか考えられていなかった。
柱の接合。メタルタッチのため部材の曲げ耐力を伝えることは考えていない。
人為的な破壊行為に対しても安全な構造を創るべきか?
火災に対しては十分教訓とすべきことがあるものの、構造に対してはそこまで考慮しなくても良いのではないか?

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耐震設計法の課題について。
兵庫県南部地震での被害建物(震度7地区のRC造建物4000棟)の調査結果から、1981年以前に建設された建物の被害は、建物階数が増えるに従い被害率が高い1981年以降の建物では大破の割合は小さくなる。平均5%が大破・崩壊であるが、95%は小破程度。安全性に関してはかなり目的を達してきていると言える。そういった意味で、入力地震力を増やす必要ななく、むしろ減らす方向で検討しても良いのでは。ただ、ピロティ構造は他の構造に比べ被害率は高い。

兵庫県南部地震の被害から構造骨組は無事でも2次部材の損傷により建物機能を喪失したり、取り壊された建物があったことから、今後、構造は構造安全のための構造であってはいけない。構造安全性だけを確保すればいいという時代ではない。構造は建築の機能を保証するものでなければならない。

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休憩をはさんで、質疑応答に入った。

秋山先生から、限界耐力計算において最大変形だけに着目することの是非、限界耐力計算の必然性と性能設計の関係、構造設計者に選択の自由を与えるべきではないかとの質問。それに対して、限界耐力計算の推進派ではない。ただ、設計者が設計した建物に対して本当に責任を果たせるのか、ということを考えた場合、何らかの手法を法律で決めることは必要では。

同じく、秋山先生から、限界耐力計算には適用範囲があるはずとの質問。有効質量の規制がある。限界耐力計算は建築研究所が法律改正に合わせて何か新しいことをやりたいとして提案したもので、これがいいとは思っていない。限界耐力計算で漸増載荷解析の結果があるのであれば、直接応答解析にもっていった方がはるかに早い。限界耐力計算はそれほど利用されないのではないか。従来の保有水平耐力では説明がつかないような時にこれを用いることで建物の挙動を理解するには役立つかもしれない。

そのほか、超高層の評定、設計者の責任に絡んだ問題、構造計算ソフトなどの話題がでた。予定の時間を少し超過して、その後懇親会に移った。
                                      以上
(文責:高山峯夫)

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