◆ 第36回研究会 概要

講 師:目黒公郎助教授(東京大学生産技術研究所)
テーマ:地震防災への実践的アプローチ
開催日:2003年12月16日 14:00〜17:00
会 場:新日本製鐵本社イベントフロア
参加者数:38名

目黒先生は、建物の耐震性能の評価といハード面と防災対策や災害をいかに低減するかというソフト面の両面から研究されており、海外での地震防災などにも積極的に提言をされている。ハード面では、地震入力が大きくなった場合に、どのように壊れていくかを明らかにする、耐震性能を十分に理解することが重要。

結局、震災を軽減するには、既存建築物の「耐震補強」が最も重要であることを強調された。しかし、耐震補強の実施は進んでいないのが現状であり、これを如何に促進させるか? そのために必要な施策についても提言がなされた。

まず災害に対するイマジネーション能力が市民も専門家も行政も低すぎる。
阪神淡路大震災での死因の内訳は、窒息が54%で第一位、よく言われている圧死は12.4%でしかない。そして、地震後15分(本当は5分くらい)で92%の方が亡くなっている。このような地震被害や被害者の実体を理解することが重要である。犠牲者の声なき声を聞くこと、災害の実態を理解することが重要であるとして、亡くなった方の死体写真を説明された。亡くなった方の体には死因が明確に現れている。
こういった悲劇をなくすには、建物が壊れないことを防ぐことが最も大切である。

次に火災について。建物が壊れてしまえば人命救出が優先される、建物が壊れて出火すれば消火が難しい、壊れた建物が道をふさいで消防車が近づけないなどの理由で建物が壊れないことで火災による被害も低減できる。また、市民が初期消火をせずに消防に頼ってしまったことも大きな原因である。

これらのことから建物の耐震性能向上が被害者の低減、出火による被害両方に有効なことがわかる。

エンジニアのアカウンタビリティ。地震の犠牲者は、社会のせいかか? 構造物のせいか? 人間のせいか?をはっきり認識する。地震は人を殺していない。設計者・エンジニアの責任を明確にする。「目には目を」というハンムラビ法典が良いというわけではないが、きちんとして責任体制をつくる必要がある。

木造住宅の72%が新耐震設計以前の建物であるが、耐震補強は遅々として進まない。
地方自治体などでも耐震補強の補助事業を行っているところもあるが、全然うまくいっていない。これは、補助金額が少なすぎるという面(各戸で100万円かかるとすれば静岡県だけでも5000億かかる)もあるが、どれくらいメリットがあるかを理解されていない。

阪神大震災のときもそうであるが、「自助復興の原則」に従い、公的なお金は支払われていない。しかし、被災者救援のための救急救命、避難所、仮設住宅などで多くの公的資金が支払われている。本来建物が壊れなければ支払わなくても済むお金。被害建物あたりに換算すれば、1000万円以上となる。何も対処をしない人達に支払われている。

実際には被災後にこのようなお金(税金)が使われているのであれば、事前に対処する施策があるのではないか。公的な資金を事前に私的なものに投入する。ただ単にお金を投入するだけでなく、うまい社会的なシステムをつくる必要がある。ただ、耐震改修も妥協的、過渡的な改修も許容する必要もある。また、耐震改修方法も壁だけでなく減衰付加などもとれるようにする。

そこで、事前に耐震補強をした場合には、国が復旧費を保証するシステムをつくることが費用面からいっても有効となる。例えば、崩壊した住宅には1000万円を支払うことにしても国は損をしない。耐震補強した建物が増えることで崩壊する建物の割合が小さくなるので。建物の耐震性能をきちんと維持している場合には被災した場合でもメリット(自助のインセンティブがない、公助・共助は無駄でしかない)があるということを示す。耐震性能を維持しているかどうかを確認するシステム(地元の工務店や設計者が責任をもって維持することで悪徳業者も排除される)が責任あるシステムをして確立できる。

参考文献
目黒公郎「地震防災への実践的アプローチ」科学(岩波書店), Vol.73, No.9, 2003年9月
(文責:高山峯夫)

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