◆ 第54回研究会 概要

講 師:速水清孝先生(東京大学生産技術研究所)

テーマ:「建築士法とは何か その成立と今後」




概 要:

建築士法に関する議論がかまびすしい。「耐震偽装事件があったのだから当然」とされるその一方で、拙速な改正には疑問も投げかけられています。考えてみれば、私たちは、建築士という法制度をどれだけ知っていたのでしょうか。その成立にまつわる、これまで知られることのなかった経緯を交え、以後今日までを振り返ります。

講師略歴:1967年生まれ。千葉大学大学院を卒業後、郵政省入省。大臣官房建築部等を経て、現在、東京大学生産技術研究所 藤森照信研究室 博士研究員。2007年度 日本建築学会奨励賞受賞。

以下に研究会での配付資料(レジメ)を掲載する。なお、講演の詳細については、日本建築法制会議のWebPageに講演の要旨(2008.1.10付け)と講演録(2008.2.3付け)が掲載されているので、ご参考にされたし。


1.建築設計者の職能問題と法制度

   建築設計者の職能 ・・・アイデンティティ(私たち設計者とは何か?)

   法制度 ・・・物事のあり方を規定する

   日本(非西洋)で、西洋の建築家像をてっとり早く獲得する手段 = 立法

   そのため日本では、設計者の職能問題は法制度問題と密接な関係を持ってきた

2.設計者の職能にまつわる、20世紀の議論

・建築家たちの主張の要点

   (1)建築家の社会的地位を上げたい ・・・西洋並みに、医師・弁護士並みに

   (2)西洋の建築家は設計専業。建設業が設計部を持つ日本は変

   (3)設計者の倫理の確保 ・・・建設業の設計者や一般の建築士は倫理に欠ける?

   (4)ちゃんとした建築は、専業設計者の設計でなければできない

 ・世間は冷淡:よい物ができるなら、生産体制はどうでもいい

 ・20世紀末、これが主題となる時代は終わる

3.21世紀、次なる設計者の職能問題。その象徴としての姉歯事件

  ・建築設計者の職能や法制度が、社会性を伴う問題になる

   ・・・建築士法に込められた理念が理解される土壌の形成

4.建築士法研究の視点

・建築家側に立ってなされてきた研究

従来の解釈:「建築士法は、西洋の建築家法を目指したはずのものが、 官僚の無理解で変質してしまった出来損ないの法律」 ・・・研究者もこの立場で研究し、悲劇を強調して描写した

・「つくった人は何を考えていたのか」を明らかにする作業の欠如

実際に法律をつくるのは行政  ・・・行政が何を考えていたのかを明らかにする必要

  ・村松貞次郎の仮説

「建築士法は、建築学の恩恵を庶民住宅にも及ぼすことを期待する建築行政官の熱意でつくられた可能性がある」(『近代日本建築学発達史』1972) ・・・「住宅問題としての建築士法」という発想

5.戦前の建築士法制定運動とは何か

  ・西洋の建築家像を立法により獲得することを目指した運動 ・・・ゼネコンの設計に対する一定の脅威も

  ・称号の独占と業務の独占を謳う当初案が知られるが、実はわずかのうちに称号の独占のみを謳うものに変わる

  ・そうした修正の是非が、議会では問題となる

  ・業務独占が謳われる必要 ・・・日本では「建築家とはどのような建築を手がける人たちか」に対する
   社会的コンセンサスができないうちに庶民の住宅問題が大きく登場した

6.戦前の行政は建築士法をどう考えたのか

  ・戦前には建築士法を歯牙にもかけなかったと思われていたが、昭和10年代には必要性を唱えている

  ・行政の主張は、主に、(1)住宅問題の視点、(2)行政事務の省力の視点、から説かれた

7.内藤亮一と建築士法

  ・大阪の庶民住宅問題に直面し、「庶民住宅への近代建築工学の参与は余りに惨め」で、
   「学問技術の恩恵を万民に浸潤せしめる」必要を痛感

  ・建築士法の必要性を5つの観点から主張

(1)物の法律ばかりでなく人の法律も必要 

(2)住宅問題の解決手段としての建築士法

(3)行政事務の省力に資する建築士

(4)立法による責任区分の明確化

(5)住宅を念頭に置き級別資格の必要

  ・日本内地最初の建築士的制度の制定(神奈川県、昭和17年12月)

8.建築士法の立案と運用

  ・内藤が建築指導課長になって立法が本格化 ・・・「時は今だと思った」

  ・建築指導課の業務過多(基準法と士法の二法を同時に立案)から、共倒れを防ぐため、士法は議員立法に。
   そして「田中角栄一級建築士第1号伝説」の誕生 ・・・真相は、選考時点での1号が正しい

  ・住宅を念頭に置いたはずが、制度開始時の諸問題によって、一切が外れてしまう ・・・見えなくなる立法の理念

9.建築代理士の活用

 ・住宅が建築士法の対象から外れた ・・・戦前の内藤の立場である地方建築行政にとっては、大問題

 ・建築士制度が浸透するまでの間、建築の申請手続きをしていた建築代理士を技術者と見て活用

 ・建築士制度の浸透に伴い、建築代理士制度は、早くも昭和30年代より廃止されていく

10.建築士法と建設業法

  ・「建築士法は設計者の制度、施工技術者の制度は建設業法」という解釈は正しいか?

  ・「設計、工事監理等」(士法第1条)という言葉のアヤと「その他業務」(第21条)の指すもの

  ・行政は、戦前より士法の成立間際まで、一貫して、「全ての建築の業務に携わる技術者が建築士」と考えた

  ・立法時に求められた、(1)小規模建設業者への配慮と、
   (2)建築士=設計者と考えるGHQへの懸念によって、設計者制度の性格が強調された

11.建築士法のその後

  ・60年代後半からの20年 ・・・建築設計監理業法・建築設計監理業務法の制定運動

  ・2案はともに建築士事務所の規定の不備を正そうとしたもの。
    ただし、建築設計監理業務法(建築家協会)は専業設計事務所のみが対象 ・・・そこに所属する者が建築家とみなせる

  ・市浦健の建築家法 ・・・会長として熱心に建築設計監理業務法の制定に取り組むが、一転して白紙撤回を主張

  ・市浦主張:「建築家とは個人。法的に規定されるならまず個人であるべき。個人が組織の後に来るのはおかしい」
     ・・・建築家協会の会長が、兼業設計者を容認した発言として画期的

  ・90年代 ・・・イメージだけで西洋の建築家像を語っていた時代を反省。諸外国の法と社会の研究に着手

  ・「専業か兼業か」の議論に終止符 ・・・登録建築家制度(建築家協会):「建築家とは個人。所属ではない」

  ・次なるテーマに移行したことを象徴する事件(姉歯事件)の発生

  ・世界を見ても、被害は庶民の住宅に甚大。建築士法の理念を世に訴えていく必要もあるのでは?


文責:高山峯夫
 

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