◆ 第64回研究会 概要

講 師:高田毅士先生(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻)

テーマ:「建築分野における技術説明学 −工学技術をうまく説明するには−」 

講演は、安全・安心から始まった。
安全は、客観的、科学的な課題であり、事実の問題である。一方、安心は、主観的、心理的な課題であり、心の問題といえる。「安全」と「安心」は別概念であることを認識する必要がある。安心は、安全・信頼・納得などの関数とも言える。
安全と危険の境界線は明確ではない。安全と危険の間にはグレーゾーンがある。そのため、リスクの評価が重要となる。リスクは、恐れるもの(対象物)の発生頻度と被害規模の両方を同時に表現することができる。すなわち、リスク=損失の大きさとそれが生じる確率との積、あるいは組み合わせとなる。式で表せば、
   R=P×C
     R: リスク
     P: 想定する事象の発生確率
     C: 想定する事象が発生したことによる影響(損失額、死者数など)
耐震問題にはさまざまな不確定性がある。実現象自体の不確定性、実現象を予測・解釈するのに伴う不確定性、未来の予測に伴う不確定性など。不確定であるがゆえに余裕を付与すべきで、付与した余裕は定量的に明示すべき、となる。このような不確定な事象に対して、寺田寅彦は『ものを怖がりすぎたり、怖がらなさ過ぎたりすることはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい』と述べている。この「正当に怖がる」といのが難しい。
2007年新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原子力発電所が被害を受けたことに対する住民と専門家の問題のとらえ方の違い、あるいは、もんじゅ裁判での技術的な争点を踏まえて、技術説明学というものの必要性を意識するようになった。すなわち、技術分野(ものづくり)からの発信や説明が不十分なために誤解が生じたり、技術者がうまく説明できないことが理由で不必要で過剰な対応を強いられたり、有用な技術が拒否されることもありうる。これらの問題は、技術分野からの第三者に適切に説明する基幹的な学問体系が欠落していることが原因である。
では、技術説明学(Engineering Accountability)とは何か。
技術・工学に携わる専門家・技術者が一般市民や他分野の専門家を含めた第三者に自らの意思決定プロセス、決定根拠、等を説明・発信するための体系化された学問である。これにより、「技術」、「技術者」、「技術者が抱える課題」を、正しく、誤解なく理解してもらえ、信頼感の醸成、円滑な合意形成のための環境づくり、に貢献できることを目指す。
リスクコミュニケーションと似ているが、リスクコミュニケーションが形而上であるのに対し、技術説明学は形而下の学問であるといえる。技術説明学は現実的な解決を試みるもので、リスクコミュニケーションとは補完的な関係にある。
技術説明学は、これから議論することが必要であるが、期待できるメリットとしては、以下の点をあげられる。
 社会のメリット:
   ・正しい技術知識に基づく合理的な意思決定ができる
   ・社会全体としての利益を享受できる
   ・双方が正しい知識を共有する場を提供できる
 市民のメリット:
   ・不安が軽減される
   ・事故対応の判断の根拠を知る
   ・技術者を知る
   ・ものの仕組みの理解が進む
   ・問題の核心が明確になる
   ・客観的な情報が得られる
 技術者のメリット:
   ・重要なこと(よりよいものづくり)に集中できる
   ・自らが関わる技術と社会とのつながり、社会における位置づけを実感できる
非常に興味のある内容であった。技術説明学はこれからの学問であるが、いまは原子力安全に係わる分野で検討が行われているとのこと。特定の分野で構築されたものが、一般に適用されるようになることを期待したい。耐震設計でも建築主や市民に対して、耐震性能をどのように説明すればいいのか、悩ましい問題である。構造設計という仕事を理解してもらうためにも、本当のことを話すということが必要であると。
(文責:高山峯夫)