◆ 第72回研究会 概要

講師:斉藤大樹先生(建築研究所 国際地震工学センター 上席研究員)
テーマ:東日本大震災後の建築研究所の活動 
      建物被害の概要
      被害から見た津波波力の計算
      建物の強震観測と長周期地震動について
(平成24年2月1日, 日本大学理工学部)

講演は、建築研究所が行った被害調査結果の紹介からはじまった。
建物の地震による被害状況については、すでに他の研究機関などからも調査結果が報告されているが、

・旧耐震の建物に被害が多い
・公共建築も構造的な被害を受けた機能が継続できなかった
・非構造部材の損傷
・地盤の傾斜・液状化

などが特徴的であった。
建物が倒壊したことで死者はでていないものの、天井落下によって5名の死者がでた。国交省は対策を強化する方針で、特に大空間の天井を優先するとのこと。 

今回の震災では津波による被害が圧倒的であった。鉄筋コンクリート(RC)造建物が転倒したり移動した事例も見られた。さらにRC造の壁が津波の圧力で面外に変形した事例もあった。鉄骨構造では、外装材がはがされ骨組だけ残されたようなケースもあった。しかし、残留変形が残ったり、転倒・移動した建物もあった。骨組みだけでも残った方がいいのかどうか、判断が難しいと思うが、米国にはブレーカブル・ウオールをいう津波対策もあるとのこと。壁を壊れやすくすることで、津波の波力を低減しようということのようだ。

 木造建物については、重量が軽いため津波で多くが流失している。それでも津波による浸水深が1階床上程度までなら、ほとんどの木造建物が残存していた。さらに、海側に強度のある遮蔽物(例えば鉄筋コンクリート造の建物)があった場合、その裏側にあった木造建物は被害を免れていた。

長周期地震動についても2003年の十勝沖地震による石油タンクの火災を契機に注目され、政府や学術団体でもさまざまな取り組みがされている。今回の震災でも震源から遠く離れた大阪の庁舎で非常に大きな揺れが観測されている。長周期地震動に対する揺れ対策が必要となっている。

津波波力の計算については、2004年のスマトラ沖地震の際の津波被害を受け、内閣府が「津波避難ビル等に係るガイドライン」を制定した。この中では津波の圧力を設計用浸水深の3倍の高さの静水圧から求めるようになっている。これでは今回の震災のような浸水深を考えると設計ができなくなるので、被害の実態に基づいて見直しが行われた。その結果、平成231117日に「津波に対し構造耐力上安全な建築物の設計法等に係る技術的助言」が国交省からだされた。あくまで暫定指針という扱いのようであるが、津波の波圧の計算では、遮蔽物がない場合には、設計用浸水深の3倍の高さまでの静水圧を考慮すること、遮蔽物がある場合には、1.52倍まで低減してよいと緩和された。これにより、津波に抵抗できる建物の設計が現実的に可能となっている。しかし、波力の計算は水深だけが考慮されており、流速などは反映されていない。計算を簡単にするためかもしれないが、津波の圧力に関しては流速の影響は大きいのではないだろうか。 

今回の震災では、過去の震災と同様な建物被害が発生するとともに、長周期地震動や津波への対策も新たに必要となった。建物の安全、ひいては地域の安全を守るために、建物をどこまでの災害に対応できるように設計しておけばいいのか、大変難しい課題が突きつけられている。

(文責:高山峯夫)